「……ごめん。実姫。……さっきの、嘘」

「え……」

「実姫、あたしね……?」


沈黙の後、諒子がそう言って、顔を上げた。

まだ赤い顔を、困ったように歪ませて唇を噛み締める。


「うん?」


諒子がこんなになるなんて、よほど言いにくいことだって事は分かってた。

それが、今日の突然の行動の理由なのかな、とも思ってた。


ゆっくりと頷いたあたしに、諒子は黙って……少し潤んだ瞳をあたしに向けた。


「あたし……、お兄ちゃんが、好きなの」


諒子のその一言に、一瞬時間が止まって……。

でもすぐに浮かんできた人物に口を開く。


「お兄ちゃんって……、去年できた義理の……?

要くん、だっけ……?」


去年、何度かその名前を諒子の口から聞いた。

でも、夏頃を境に、呼び名は『お兄ちゃん』に変わってた。


それに気付いて、家族としての仲が深まったのかな、なんて思ってたけど。

呼び方に深い意味があるなんて思わなかったけど……。


思い返してみると……

一つ、あたしにも思い当たる想いがあった。


『矢野』

そう呼んでいた呼び名を、『先生』に変えた事。


それは、自分に言い聞かせる為だった。

先生の立場を、思い知る為……。


そして、自分の想いを断ち切るため―――……



諒子も同じ想いからの行動だったのか、困惑しながら諒子を見つめる。

あたしの視線を受けながら、諒子は手元のラテに目を伏せていた。