【矢野SIDE】
「あ……おはよう、ございます」
食堂に下りると、朝食を終えた様子の市川が、きれいな笑顔を向けた。
わざと飾ってるのがバレバレな嘘の笑顔を。
「……はよ」
寝起きが悪く、朝はぼんやりしたまま過ごしてるのが日常だった。
……けど、市川に別れを切り出されてからはまるで別人で。
いっそ、何も考えられないくらいにぼやけていてくれればいい頭は、朝からありえないくらいに冴えていた。
『ごめんなさい……』
冴えた頭が、忘れたい、市川の言葉まで鮮明に引き出してきて、市川から目を逸らす。
カタンと小さな音を立てて、俺と入れ代わりに市川が食堂を後にする。
あの日の翌日から、市川は登校する時間を早めたみたいで、朝食が一緒になる事はなかった。
たまに顔を合わせると、張り付いたような嘘の笑顔でよそよそしい挨拶を残す。
それでも……
毎朝、俺の座る場所には、湯気の立つコーヒーが置かれていて。
その香りが、胸を打つ。
いつもの場所に座りながら、市川がさっきまで座っていた席に視線を移す。
見つめる先に、市川はいないのに……。
視線が、そこに固まったように動かなかった。
未練、っていうのとはまた違う。
まだ終わってない感情は、なんて名前に分類すればいいのか分からないまま、俺の中で漂い続ける。
……未だに大きくなりながら。