「あ、おまえ飲むなよ。やった訳じゃねぇのに」


頬にあてていたゼリーを開けたあたしを、矢野が止める。


「別にいいじゃん。200円とかでしょ?」

「おまえが考えてるより教師の給料は低いんだよ」


矢野の言葉に笑いながら、開けたゼリーを一口、口に含む。

爽やかな甘さが口に広がって、口にこもっていた熱を奪っていった。


「うまいだろ」


そう言って笑う矢野を一瞬だけ見て……また目を逸らす。


「……これ、一応もらっとくね」


目の前のシップを手に取りながら、あたしはクローゼットを閉めた。

そしてそのまま、クローゼットのドアを背中にしゃがみこむ。


口の中に広がるマスカットの甘さに

矢野の笑顔に

矢野の優しさに……涙が溢れた。



ドアの向こうから微かに聞こえてくる、キーボードを打つ音。

背中に矢野の気配を感じながら、静かに涙を流した。




その夜はなかなか眠れなくて、ベッドの中から天井を眺めていた。

頬に貼ったシップが、今日の啓太との事を思い出させる。


「……シップ臭い」


ぽつりと呟いて……涙の滲みそうな目を、きつく閉じた。