「市川先輩」


その日の昼休み。

購買でパンを買ったあたしを、吉岡さんが呼び止めた。


吉岡さんの顔に、以前、お母さんの事を言われた事が頭を過ぎる。

そっと隣の諒子に視線を移すと、どうやら諒子も同じようで。


睨みつけるように吉岡さんを見ている諒子に、あたしは先に教室に行くように合図した。


諒子が渋々階段を上り始めたのを見てから、吉岡さんに視線を移した。


「どうかした……? 何か話?」


気まずい空気を感じながらもそう話しかける。

和馬に振られた事を知っているからか、なんとなく気を使って穏やかな口調になってしまった自分に気付いた。


そんなあたしに、吉岡さんは小さく笑みを浮かべる。


「随分白々しいんですね。……あたしが振られたの知ってるくせに。

清水先輩は、市川先輩が好きだって知ってたんでしょ?

なのに、あたしが清水先輩を好きだって言っても、何も言わなかったですよね?

……あたしが振られるのを、楽しんで見てたんですか?」

「そんな事思ってないよっ……あたし、和馬の気持ちは本当に知らなくて……」


笑みを浮かべていた吉岡さんの表情が、次第に俯いて悔しそうに歪んでいった。


昼休みの騒がしい階段。

今にも泣き出しそうになってしまった吉岡さんに、首を振ってそれを否定した。