「実姫、もう終わるから帰っていいよ。

ごめんね、係でもないのに付き合わせて」


顔の前で両手を合わせる諒子に、あたしは笑顔で首を振った。


掲示係の諒子が、担任からクラスの係一覧表を作るように言われたのはお昼休み。

本当なら男子の掲示係の加納が残るハズだったのに、部活がさぼれないとか言いだして。


特に用事もないあたしが代役を務める事になった。


「後はマーカー返しに行くだけ? 職員室に返せばいいんでしょ?

あたし行ってくるから諒子帰りなよ。帰ったらご飯作らなくちゃでしょ?」


教室の時計はもう18時20分を指していた。

いつもよりも1時間半以上遅い時間。

生徒が帰り終わった校舎には、廊下を歩く足音すら聞こえてこない。


「本当? ごめんね、なんか……。

っていうか、こんな時期にこんな事頼む島Tが悪いんだけど。

明日購買おごるよ」

「ありがと。じゃあ気を付けてね」


島田の愚痴を言う諒子と階段で別れて、マーカーを片手に職員室に向かう。


遠くから聞こえてくるのは、吹奏楽部が演奏するクラシック。

心地よく響く音色を聞きながら、軽く口ずさんで誰もいない渡り廊下を渡る。

沈もうとしている太陽を横目に、中校舎に入った時。


教頭の耳障りな声が聞こえてきた。



「何度も言ってますよね?」


声だけで不機嫌に歪まされた顔が見えるようで……。

なるべく関わりたくないと思ったあたしは、足音を消してこっそりと近づく。


そして壁に隠れながら、そぉっとその様子を伺った。