【矢野SIDE】
「俺、今日出張だから。
帰りはいつも通りだけど、学校にはいないからな」
翌日、朝の食堂。
たいして広くもない食堂を包むのは、コーヒーの少しだけ香ばしい匂い。
いつの間にか、朝は市川と2人でコーヒーか紅茶を飲むのが日課になっていた。
「新米なのにもう出張?」
「……なんか引っ掛る言い方だな、それ。
まぁ、出張っつぅか、研修みたいなもんだけどな」
「ふぅん……」
市川はつまらなそうにそう呟きながら、サラダのトマトをフォークで刺す。
少し尖らせた口に気付いて、思わず小さく笑みを零す。
「……なに?」
そんな俺に気付いた市川が、怪訝そうな表情で見つめてきて。
まだ止まらない笑みをそのままに、市川に視線を合わせた。
「寂しいんだろ」
「別に。っていうか、だって学校にいないだけじゃん。夜になれば帰ってくるのに寂しい訳ないじゃん」
「素直じゃねぇなー。……また俺に素直にされたいんだ?」
少し意地の悪い言葉を混ぜてやると、市川はすぐに顔を真っ赤に染める。
そして悔しそうに俺から目を逸らして、パンを頬張る。
市川の一連の行動を見ていると、自然に頬が緩んでくる。
なかなか素直にならない部分も、可愛いとしか思えない自分に苦笑いが漏れた。