「……」


言われてみれば、俺の市川に対する態度は本当にその言葉がよく当てはまっていて。

自分でも気付かなかった想いの大きさに、苦笑いが零れた。



「先生……」

「ん?」

「あたし、優しくされても期待なんかしないから……。

勘違いなんかしないから。だって、先生だもん。

だから……それは心配しなくても大丈夫だよ」


「ひとつ、心配事が減ったでしょ?」なんて言いながら俯きがちに笑った市川の表情に、また鈍く胸が痛んで、俺は返事が出来なかった。

何も言えない俺に、市川がクローゼットを閉める。


「ありがと、先生」


閉まりきる直前、市川の声が聞こえた。



『先生』

最近になってそう呼ぶようになった市川に、違和感が残る。

他の生徒と同じように呼ぶ市川の声が……甘く、耳に残る。


『好きじゃなきゃキスなんかしねぇよ』

この間思った事が、思わず言葉になりそうだった。

あれからずっと胸ん中にある言葉が、口をつきそうになった。


「礼なんかいらねぇし……」



蛍光灯くらい、替えてやりたかった。

購買のパンなんか、毎日でも代わりに買ってやりたかった。


『先生だもん』

寂しそうに、自分に言い聞かせるように言う市川を、抱き締めてやりたかった。


『先生じゃねぇよ』

いつか抱き締めた時みたいに、市川を腕の中に閉じ込めたかった。




『好きだ――――……』


気持ちを、伝えたかった。




嘘なんか、つきたくなかった。



「……なんで隣なんだよ」


今更すぎる文句を呟いて、机に突っ伏した。


まるで思春期の男のような心境に、小さなため息が口をつく。

明るくなった市川の部屋の灯りが、クローゼットから漏れてきて……その灯りから目を逸らすように、目を閉じた。