あんな笑顔向けられるくらいなら、いっそ怒ってくれた方がいい。

キスの事も、さっきの事も。

『自惚れないで』って、怒って怒鳴ってくれた方が、よっぽどいい。


それを、『知ってる』なんて寂しそうに俯かれたら……俺、本当に自惚れるし。

自惚れて……、市川の気持ちが嘘じゃないって気付いて、余計に苦しくなる。


何もしてやれない自分が、もどかしくて仕方なくなって……。

自分の気持ちに雁字搦め(がんじがらめ)になる。


「もっと上手く隠せよ……あのバカが」


痛々しい市川の笑顔が、泣き顔と同じくらいに俺の胸を軋ませて、ため息と一緒に八つ当たりの言葉を漏らす。


中校舎へと続く3階の渡り廊下を通ると、人の気も知らない太陽が嫌味なほど明るい日差しを俺に注いできた。

急に明るくなった視界。

見渡す限りの青空。

それでも……俺の表情は歪んだままだった。


市川が、あの部屋で俺に気付かれないように泣くのかと思うと……。

どうしょうもなく苦しくなって、じくじく痛む胸が治まらない。


ごめんな……

市川―――……


ごめん……


穏やかな風に吹かれる紙袋がガサガサ音を立てる。

市川の悲しそうな顔ばかりを思い出させる、耳障りな音。


「あ、矢野セン。お昼パン?」

「ん? ああ……」


通りかかった女子生徒に話し掛けられて、歯切れの悪い返事を返す。

そして、紙袋を眺めた後、それを女子生徒に差し出した。


「やるよ……俺、腹いっぱいで食べられそうもねぇから」


胸焼けしそうなほどに軋み続ける胸が、食欲なんて言葉を忘れさせる。

市川と同じバンズパンなんか……とてもじゃないけど食べる気になれなかった。