「だっせー……俺」


口の中で呟く程度の言葉を落として、もう一度市川の走っていった廊下に視線を上げる。

そこにはもう市川の姿はなくて。

踏み止まったままだった足をやっと進める。


俺が気持ちを隠せば、それで上手くいく。

市川に過度な期待を持たせないように接すればいいだけの話。

普通の生徒として、話しかければいいだけの話。


それなら……俺は教師として、市川に優しくしてやれる。

教師として、見守ってられる。


気持ちを隠すだけで、全部が上手くいく。


……なのに。


『そんなの……、知ってる』

市川が寂しそうに俯いた時、無意識に市川の名前を呼んでた。

市川が俺の言葉を遮らなかったら……、


『違うんだ……、俺だって本当は―――……』

そんな、全部をぶち壊すような事を言ってたかもしれない。


市川のためにも隠さなきゃならない気持ちなのに。

俺がこんなんでどうすんだよ。


自分への苛立ちに歪めた表情を片手で覆う。

さっきの市川が浮かべた無理矢理な笑顔が浮かんで……。

それが泣き顔へと変わっていった。



傷つけたよな……。

無理して笑ってんのがバレバレなんだよ。