そんな生活の中で、唯一先生を見つめられるのが、週に二度ある先生の授業だった。


「この場合はXを……」


チョークの粉で汚れた教壇の上で、先生が教科書に視線を落としながら黒板に白い字を書き込んでいく。

真面目に授業を進める先生は……なんだか教師ぶっててちょっと気に入らない。


「こないだ矢野センが眼鏡外してるとこ見ちゃったんだ~。かっこよかったよ!」

「嘘っ! いいなぁー……見たかったぁ」


普通なら素通りしていた話なのに、『矢野』の名前を耳が勝手に拾い上げる。

斜め後ろから聞こえてきたひそひそ話に、あたしは顔をしかめた。



あたしなんか毎日見てるもん。

寝起きは機嫌が悪いとか

男のくせに神経質だとか

顔に似合わずマスカット味のゼリーといちごミルクの飴が好きとか……。


いっぱい……いっぱい、知ってるもん。



見かけによらず力強い腕も

近づいて初めて少しだけ香る香水も

甘い声も

優しい笑顔も

キスの、仕方も。


この学校では、あたししか知らない。


……でも、そんなのあたしの思い上がりなのかな。


先生は……

先生は、本当に誰にでもするの?


寂しそうならキスをして、抱き締めるの?


そんなの……、信じられないよ。

……信じたくないよ。



あたしだけ、って言って欲しい。

全部、全部、あたしだけって。




先生の……

『特別』になりたいよ―――……