翌日、市川が食堂に下りたのを足音で確認してから部屋を出た。
眠れなかったのに、やけに冴えてる頭が煩わしい。
そのせいで、昨日の市川の言葉だとか声だとか、伏せた表情だとか。
昨日の市川全部が、俺の頭ん中に鮮明に思い出される。
繰り返し、繰り返し……市川の事ばかりが。
認めたばかりの自分の気持ちは、もうすっかり頭に、身体に刻みつけられていて……。
戻る事が出来ない事を思い知らされる。
食堂に下りると、市川が入れた紅茶の香りが俺を迎え入れた。
市川の食事の横には、いつもの頭痛薬が置かれていて。
俺のせいかと思うと胸が痛み出す。
いつの間にか定位置になっていた市川の斜め前の席。
そこに立ったまま、市川を見つめて……ポケットに突っ込んだ手で飴を2つ取り出した。
そして、そのうちの1つを市川の頭痛薬の箱の上に置く。
俺が近づいた事に一瞬身体を強張らせた市川が、置かれた飴を見て……口を開く。
「……頭痛薬ならいらない」
掠れている声が痛々しくて、市川に背中を向けた。
「頭痛薬じゃねぇよ」
「……じゃあ何?」
「……忘れ薬、とか?」
冗談にも取れるように軽い口調で言ったつもりが少しも笑えなくて。
無理矢理作ろうとした笑みが、不完全な形のまま姿を消していく。