もし……

もしも、市川も俺が好きだったら……?


……それこそまずいよな。

いや、もしそうなら嬉しいけど……でも、そんな単純な問題じゃない。


もし、市川が俺を好きでも……受け入れる訳にはいかない。

受け入れて、もしバレたら、ただ事じゃ済まない。


停学は……免れない。

俺だって教員免許やばいだろうし……。


なにより、親に迷惑かけたくないって頑張ってる市川の努力を無駄にする。


「……―――」


なんで……、

なんで、キスなんか……


なんで止められなかったんだよ、……。


まずいって分かってたのに、

なんでっ―――……


ギリっと音がするほどにきつく歯を食いしばって視線を落とす。


教室の床の木目に、しばらくの間しかめた顔を向けてから……ゆっくりと視線を窓の外へと移した。


……言えるわけない。

俺の気持ちなんか言えるわけないし、市川がもし俺を好きでも受け入れるわけにはいかない。



……―――だけど、嘘なら付ける。

市川を、騙す事ならできる。


もし、問いただされても、『そんなわけねぇだろ』って、笑う事ならできる。


自分の気持ちは誤魔化せないけど。

言葉ならいくらだって誤魔化せる。

誤魔化して……市川の高校生活を隣で見守る事は、できる。


……―――教師、として。




「……気付きたくなかったな」


苦笑いを浮かべてぽつりと零した言葉が、スピーカーから響いたチャイムでかき消された。



生徒が好きだなんて

市川が好きだなんて……気付きたくなんかなかった。


嘘ついて誤魔化さなきゃねらねぇような気持ちなんか、気付きたくなかったのに……




もう、自分は誤魔化せない。