「なに考えてんの?! あんな男に情けかける必要なんてこれっぽっちもないのに!!」


諒子があたしの前で、限りなく近づけた親指と人差し指を突き出す。

「これっぽっち」を表してるらしいその指に、思わず吹き出してしまって……それに諒子の怒りの声が飛ぶ。


「笑ってる場合じゃないっ!!」


少しだけ腫れた頬。

そこに湿布を貼ると余計目だってしまう気がしてそのまま登校した。

諒子と顔を合わせるなり、あたしはトイレに連れて来られて……今に至る。


あたしの頬を冷やすのは、諒子に渡された濡れタオル。

あたしを心配しての一喝に、嬉しさと申し訳ない気持ちが入り混じる。


「ごめん……一瞬だけ、期待しちゃった。バカだよね、あたし……」


今までの事を謝ってくれるんじゃないか、なんて。

もしかしたら、啓太も後悔してるのかもしれない、なんて。


電話の声が優しかったから。

性懲りもなく、そんな事を一瞬考えちゃって。

でも――――……


「別れたくらいで変わるハズないのにね……。

本当にバカだった……」


そう呟いて、表情を曇らせたあたしに、諒子がため息をつく。


「……矢野センは?」

「……今朝は避けて出てきたから。

明日にはもっと目立たなくなるし……それまで避ける」

「まぁ……今もそれほど目立つ訳じゃないしね。

クラスの子だって気付かないんじゃない? ……和馬くんは気付くかもしれないけど」


和馬の名前に、あたしは頬を緩ませて苦笑いを作る。

昼休み、和馬が教室に来ない事を心の底から願った。