「お、禁断娘、おっはよー」


下駄箱で一緒になった諒子が発した挨拶に、諒子を叩く。


「やめてよっ!! 誰かに聞かれたらどうすんの?!」

「禁断娘って言っただけで、矢野センなんて一言も……ごめんって」


楽しそうにからかっていた諒子が、あたしの赤く染まった顔を見て苦笑いを浮かべた。


昨日……。

部屋に入れたクッションのせいでよく眠れなかった。

部屋中に微かに香る矢野の香りがやたらと胸を急かして……。

隣の部屋で矢野が何をしてるのか、気になって……。

前貰ったパイプ椅子とか飴が、なんか目について……。


落ち着かない原因を一つでもなくしたくて、テーブルの上に転がる飴を舐めた。

最後の一つだった飴が、口の中を甘さでいっぱいにした。


少し前、泣きながら舐めたしょっぱい飴が嘘みたいに甘くて。


啓太の事をいつの間にか考えなくなっていた自分に気付いて……少し安心した。

啓太と別れても、ちゃんと笑えてた事に、安心した。



……でも。

啓太と入れ代わりに心に入り込んでいた人物に、小さくため息をつく。


「……昨日番組見逃した」

「え、見なかったの? いつも見てるのに?」

「……忘れてて」

「面白かったよー。若手がね、過去の失敗恋愛談を……」


諒子が楽しそうに話すのを、半分以上上の空で聞いていた。

……何気なく振り向いた時に見つけてしまった矢野の姿が気になって。


矢野が職員用の玄関から校舎に入っていくところを、ずっと見つめていた。