「大丈夫か?」


不思議そうに聞く矢野の声にはっとして、慌てて矢野から離れた。


「大丈夫っ! じゃあもう部屋戻るから……」

「あ、市川」


すぐにでもこの場から逃げ出したかったあたしを、矢野が呼び止める。

気まずく思いながらも振り向くと、矢野は少し真面目な顔をしていて。


「あんまり遅くまで男部屋にあげんなよ。

ここ、俺がいないとおまえ1人で危ねぇし……」

「和馬は幼なじみだもん。男じゃないよ」

「……それ、あいつに言うなよ」

「……なんで?」

「なんでも」


少し困ったような笑みを零しながら言う矢野に口を尖らせてから、そのまま部屋のドアを閉めた。

そしてそのままドアの前にしゃがみ込む。


少しすると、矢野の部屋のドアが閉められて……矢野の立てる物音が聞こえてきた。

その音を聞きながら、あたしはまだドキドキしている胸に手を当てた。


抱き止められた時……矢野の香りがした。

一気に入り込んだ香りのせいで、身体が麻痺しちゃったみたいに、その時からずっとドキドキが収まらない。

それとも、転びそうになった危機感から高鳴ってるだけなのか……。



抱き止められた時……

初めて、矢野が男に見えた―――……




未だに落ち着かない胸を、あたしはぎゅっと押さえる。

顔が赤くなっていくのが、自分でも分かった。