矢野に抱き締められてから一週間。

矢野は本当に忘れたみたいに、あの事は口にしない。


一方のあたしは……。

『先生』

その呼び方に、気持ちが悪くなるような違和感を感じてる。



「失礼しまーす……」


初めて開けるドアに、少し緊張しながら小さく挨拶をする。


この学校はそれぞれの教科の学習室が設けられていて、職員室にいる先生と学習室にいる先生、2つに分かれる。

口うるさい教頭に気に入られてる先生は職員室に、それ以外の先生は学習室に避難している事は、生徒の間でも知られていた。


間違いなく後者の矢野は、学習室にいるハズ。

そう思いながら開けたドアだったけど。

中には誰の気配もなくて、小さく安堵のため息をついた。


部屋の右側には図書室のような大きな本棚があって、難しそうな本が並んでいる。

「~方程式」だとか「~の理論と証明」だとか。

興味がこれっぽっちも湧かない本から目を逸らして、矢野の机を探す。


4つある机の一番右に、矢野の出席簿がある事に気付いた。


『矢野 ハルキ』

乱雑に書かれた字が、右下で踊っている。


……なんでカタカナなんだろ。

いつかも感じた疑問に小さく首を傾げながら、あたしは矢野の机に視線を移す。