あたしの言葉に矢野は、はっと息を吐き出して笑って……軽く握った拳であたしのおでこを押した。

ふわりと流れてきた空気が、矢野の香りを届ける。

その香りが昨日の事をまたしても頭に呼び起してしまって……あたしは慌てて目を逸らした。


「……痛み止め、にはなんねぇかもしれないけど」


矢野が拳をそのままあたしの前に突き出す。

矢野が手を開いて落としたモノをあたしは手のひらで受け取った。


淡いピンク色の飴が、手のひらに転がる。


『痛み止め』

……一体どこの?


そんな事、聞かなくても分かった。

矢野が言葉に隠した部分。

優しい気持ちが伝わってきて、瞳にはまたしても涙が浮かんでしまった。


「っていうかこないだっからコレばっか……。

……こんなんで治るほど子供じゃないし。

それに……こんなんじゃ、全然足りない……」


涙を隠して笑おうとしたのに、笑えたのは口元だけで……どうしても流れようとする涙を止められなかった。

そんなあたしに矢野が笑う。


「仕方ねぇな。ほら、両手出せよ」


差し出した両手に、矢野がたくさんの飴を落とす。

片手では持ち切れないほどの数の飴に、あたしは涙を零しながらも小さく微笑んだ。


「……そういう意味じゃないのに」

「足りないかもしれないけど、ないよりはいいだろ。

お礼にこれからは『先生』って呼べよな?

……そしたら市川が意外と泣き虫って事黙っててやるし。

希望なら昨日泣いてた事も忘れてやるよ」


そう言って食堂に下りて行く矢野の後ろ姿が、涙で揺れていた。

ポケットの中から取り出した飴は、まだ矢野のぬくもりが残っていて……あたしはその飴をきゅっと握る。


たくさんの飴が優しくて、矢野の気持ちが優しくて……。


あたしの気持ちを落ち着かせてくれていた。