そう思ってドアノブに伸ばした手を、あたしは再び止める。

今度は違う理由で。



昨日の事は何とも思ってなくても……啓太の事は聞かれるかもしれない。

それこそ先生って立場から聞くべき事だもん……。


それを考えるとやっぱり部屋から出られなくて。

なかなか動き出せずにドアの前に立っていた時、目の前のドアがノックされた。


突然のノックにあたしは身体を竦ませて……そして、そぉっとドアを開けた。


「……すごい顔だな」


ドアを開けると、あたしを見るなり矢野が苦笑いを浮かべた。


「……何か用?」

「いや、おまえが部屋から出てきにくいかなーと思って。あんだけ泣いたりしたら普通恥ずかしがって顔合わせにくいだろ」

「……」


図星に恥ずかしくなりながらも矢野を見上げると、そこには眼鏡の奥から優しい瞳を向ける矢野がいて。

あたしはその視線に余計に恥ずかしさを覚えて、また俯く。


「恥ずかしいのが分かってるなら、わざわざそういう事言わないで、忘れた振りでもしてくれればいいのに」

「あー……まぁ、それも考えたけど。

でも、そんな風になかった事にされるのも嫌じゃねぇ?」


矢野が言った言葉に、胸が小さく高鳴る。


矢野が、あたしの事を考えてくれてたみたいな言い方をしたから。

どう対応するか、どういう言葉をかけるか……。

矢野がそんな事を考えてくれてたなんて想像もしてなかったから、不覚にもドキンとしてしまった。



「……ありがと」

「あ?」

「だからっ……ありがとって言ったの」

「……なんかおまえにお礼とか言われたの初めての気がする」

「……それって、今まで矢野がお礼言われるような事してこなかっただけじゃなくて?」