「まだ二時間も経ってないけど?」

 ここからは歩の声は聞こえない。

「あーはいはい。わかりましたよー」

 電話を切ったわた兄はひとつため息をこぼす。

「そんなに心配なら恵里を出さなきゃ良かったのに」

 と呟き、帰る合図を送ってきた。

 展望台の階段を下っていると、「あ」と言ってわた兄が立ち止まる。

「どうしたの? 落し物?」

 3段ほど先に下って振り向くと、彼は私の肩を掴んで同じ段まで降りてきた。

「これは、宣戦布告」

 そう言って、チュッと音を立てて、触れるだけのキスをしてきた。

 らせん状の階段でやけに「チュッ」という音が響き、頭の中で反響を繰り返す。

 突然の事態に私は何も言えず、その場に固まってしまった。

 歩……。

 あたし、わた兄とキスしちゃったよ。

 放心状態のまま私は手を引かれ、車に乗せられて、歩の待つ西山家へと帰った。