スカーレット


 院長は私が着席したのを確認して、ゆっくりと腰を沈めるように座った。

 威厳がある、とでも言おうか。

 同じ苗字であることから、女医の父親だと想像できる。

「記憶を、無くされたそうですね」

 まるで口説くように優しく語りかける院長。

 私はなぜかその言葉にこみ上げるものを感じ、目に涙が滲んだ。

 わけのわからない自分の反応に、目覚めてすぐ名前を聞かれたときのような焦りを感じた。

 思い出せないのに、体が覚えているのだろうか。

 涙は虚しくも私の意を反してこぼれてしまった。

「すみません……」

 慌ててバッグからハンカチを取り出し、サッと目の下を拭う。

 青いハンカチにアイラインが滲んだ。

 暫く涙は止まらずグスグスと涙を拭っていると、再び部屋のドアが開いた。

 そこに現れたのは、女医の方の三宅医師だった。