「ただいま」
勝彦の部屋に帰ると、ホワッと美味しそうな香りがした。
「おかえりー」
キッチンの方から声がする。
私が遅くなったから、代わりにご飯を作ってくれていたらしい。
中へ入ると味噌汁の味見をしていた。
「ごめんね、仕事で疲れてるのに」
「いいんだよ、これくらい」
今日は彼の隣に張り付くことはせず、リビングのソファにダイブした。
勝彦の部屋は、勝彦の匂いがする。
「ねえ、かっちゃん」
「んー?」
「あたしね、ほぼ全部わかったのに何にも思い出せないの」
カチッ
コンロの火を消す音がして、数秒後に彼が私の前に現れる。
もし旧・紀子が正樹を愛していたとしても、今の私が愛しているのはこの人。
勝彦なのだ。
だから弟である正樹の穏やかな顔を見ても、もう泣かない。



