はい詰んだー。はい終わったー。私の今日一日が死にました。




 なんて。
 脳内で明るく叫んだところでこの絶望感は拭えない。
 デスクで頭を抱えて身体にある全ての酸素を吐き出した。あ、やばい一緒に涙も出てきそうだ。

 もうやだ帰りたい。
 十一時を回ってこれを片付けたら終われるはずだったのに、なんでこのタイミング。もうやだ帰りたい。自分のお城に帰ってベッドにダイブしてふかふかのお布団に潜り込んで目覚ましも合わせずに眠りにつきたい。
 もう二週間以上お布団干してないからふかふかじゃないけど。

「また、そんな顔して」
「うっさいバカ。そんなのいいから仕事しろ」

 目の前の林が私に優しい言葉をかけてくる。優しい言葉というのは優しい言い方をすればそう呼べるというだけで、実際には“自分に関係がない”と思って発せられる言葉だ。
 舌打ち混じりに睨みつけながら答えれば、彼は肩をすくめて“やれやれ”と言いたげに苦笑を見せた。

 こんな仕草が似合うのは、彼が海外生まれの海外育ちだからに違いない。
 ついでに言えばこいつは“自分がかっこいい”ということを知っているのだ。だからこんな演技じみた行動を恥ずかしげもなくできるのだ。

 キレイに輝く銀髪に、キレイな黒い瞳。
 余計な脂肪の全くない体。

 基本無口な男だけれど、笑顔は常に絶やさないし、口を開けば甘い言葉ばかり。

 ほら、重いだろう軽いほうがいいだろう、と手を差し伸べたり。
 きみにはこっちのほうが似合うよ、と私の好みピッタリの様々なものを与えてくる。

 ……その仕草に、私だってときめくときくらいはある。そりゃあある。かっこいいのだから。

 だがしかし。
 それが許されるのは私の心が潤っている時だけだ。今のようにやさぐれた気分の時にそんなことをされたら癇に障る。ぶん殴ってやりたい。

「仕方ないよ、もう十時間以上も働いてるんだから」

 黒縁メガネをくいっと持ち上げて、かすかな笑みを向ける。
 私を慰めてくれているのだろうか。もしくは言い訳か。


「そんなこと私もわかってるよ。私だってさっさと帰りたい」
「……でも、きみは責任感が強いから、結局、終電逃してでもこの仕事終わらせるんだろ?」
「うん」

 彼は私のことをよくわかってる。なんせもう五年近くのお付き合いだ。
 初めて彼を見かけたのはもっと前だけれど。当時はまだまだ垢抜けないかわいい男の子だったっけ。

 こうして顔を合わせるようになり、毎日毎日こうして一緒に仕事をし始めて、私たちはお互いのことは何でも分かるようになった。

 私の癖も、文句を言いつつ無理してでも仕事をしてしまう意地っ張りなところも、怒ってる私にどう言えば素直に聞き入れてくれるのかも、彼には全部お見通しだ。