「行って来ます」


ハッとして壁時計を見ると、もう7時半になろうとしていた。


健ちゃんの出勤時間だ。


もうこんな時間か。


わたしも、ゆっくりはしていられない。


〈行ってらっしゃい〉


と簡単に返して、わたしはまた食器を洗い始めた。


健ちゃんが肩を叩いてきた。


振り向くと、健ちゃんはまた「行って来ます」と同じ手話をした。


行ってらっしゃいって、返したのに。


何度も言わなくてもいいのに。


忙しいのに。


もう面倒になって、うん、と頷き返した。


また、肩を叩かれた。


けれど、わたしは無視をして食器についた泡を流し続けた。


また肩を叩かれた。


もう! 、とむっとした表情で振り向くと、また健ちゃんは「行って来ます」と両手を動かした。


しつこい。


今度は何も返さず、健ちゃんに背を向けた。


それからはもう肩を叩かれなかった。


やっと、諦めて仕事に行ったんだと思いながら、食器を布巾で拭いていると、また肩を叩かれて、さすがに呆れてしまった。


食器と布巾をキッチン台に置いて、わたしは振り向いた。


〈まだ居たの? 遅れるよ〉