そしてそれは、思った以上に厄介だった。
毎日、起きたら一番に基本的な情報をまとめたノートを確認することから始まる。
自分の名前、素性、記憶障害を抱えていること、〝3日〟というリミット。
注意すべきこと、毎日必ず思い出さなければいけないこと、親や近しい人の存在。
それらすべてがまとめられている1冊の記録ノート。
それは昨日を思い起こせば済むものもあったが、すべてを思い出せない場合の危険を考慮することと、思い出すという行為を癖として身に着ける為の毎朝の日課。
繰り返し繰り返し、 まるで暗示のように刷り込まれる儀式。
なにかをひとつ覚える度に、毎日それを反芻しなければ〝忘れて〟しまう。
その量は日々増えていき、リオの頭の中は常に情報でいっぱいだった。
だけどできるだけ〝普通〟に過ごす為にはそれが必要だった。
この病気が発症した頃、リオは友達の名前を思い出せず、ひどく軽蔑した目を向けられた。
障害が発覚してからも上手く付き合う方法を見つけるまで、みんな〝はじめまして〟から会話が始まり、同じことの繰り返し。
それが嫌で、できるなら、忘れたくなくて――何かをずっと意識し続けなければ、思い出すという行為を繰り返さなければいけなかった。
じゃないとみんな、離れていく。
そう自分に言い聞かせた。
それはどこか、脅迫的に迫られる行為にも、近く。
少しずつココロが削られていくような、そんな日々だった。
リオが当時つけていた日記には、〝眠るのがこわい〟といつかの自分が泣いていた。
もうその時の気持ちも記憶も、リオの中には無かったけれど。



