突然のことにうららはどう返せばいいのか分からずに戸惑い、声の主に顔を向けることもできずひたすら視線を彷徨わせていた時。
隣りの席に、別の誰かが駆け寄ってきた。


「空くん、今日こそお昼一緒に食べよーよ!」

「今日天気いいし、中庭か、屋上なんてどう?」


女の子ふたりの明るく高い声。
隣りの席の人に話しかけるその会話に、その名前に──うららは思わずぴくりと身体が反応する。

聞き間違いだろうか。
でも鼓動はこんなに逸る。


「ごめんね、先約があるから」


さらりと返した言葉に声をかけた女の子たちは残念そうな、仕方なそうな声を漏らして彼の席から離れて行った。

隣りの席の人がどんな人だったか、うららはまったく思い出せなかった。
入学してから2ヶ月ずっと隣りにいるはずなのに、名前どころか顔すらもわからない。

だけどさっき女の子たちが呼んだその名前に、うららの胸は熱く疼いた。
僅かな痛みを伴うそれに勇気づけられるように、手元の絵本を握りしめる。


──約束。今度はわたしが、守らなくちゃ。


そして意を決したように顔を上げ、うららはようやく振り返った。


「──やっと、こっちを向いたね」


そこに居たのは──