「みんなには言ってなかったんだけど…おれ、この世界に来てからここまでの記憶…忘れてないんだ。時間も流れているならおれの体もその流れに従って、〝忘れて〟しまうんだとそう思ってた。だけどなんでか目が覚めても、覚えてた。忘れてなかった。ここがやっぱり絵本の世界で、魔法とかそんなものの、おかげかもしれない。おれはただ──…うれしかった。

意図して言わなかったわけじゃないけど、アオもレオも、昔から知り合いなんだ。って言っても、ホント知り合いって言える程度だけど…それでもおれにとっては数少ない名前を呼べる相手だった。名前を知ってからは長いけど、必要以上に関わることなんてなかった。おれ達はいつもどこか浮いていて…そして、ひとりだった。

アオはいろんな意味で才能があったから、自分の力で今の地位や居場所を確立して、レオは怯えるように、拒絶するみたいに、暴力でぜんぶ投げ出して、孤立していった。おれも似たようなもので…ビョーキを掲げてれば人が寄ってこないことを知ってたし、自分からも決して、踏み込まなかった。…無駄だって、わかってたから。

年をとるにつれてだんだん一緒には、居られなくなった。おれの病気や、アオのお母さんの死や、レオの妹のことなんて…些細な理由だったはずなのに、おれ達はコドモで…拙かった。向き合うことすら、できないほどに」


リオのその瞳は、目の前のうららすら通り越して窓の向こう、遥か遠い空を見上げていた。
ずっとずっと遠くを、見つめていた。

月の光がその瞳に揺れている。


「アオやレオには内緒だけど…ふたりはおれが、昔のことぜんぶ忘れたと思ってる。おれがそう言ったからなんだけど…だけどホントは忘れてなんかない。…忘れられなかった。だってふたりのこと、バカみたいにノートにたくさん、書いてあるんだ。きっとすごく、気になってたんだろうね、当時のおれは。…すべて忘れた後でも、それは支えだった。だけど傍に居られなかったから…忘れたフリした。
…守る方法を、まちがえたんだ」


ひっそりと紡ぐ言葉は、まるで小さな懺悔のようだと思った。