―――――――…


暗雲が轟き空を覆う。
気温が変わり、風が冷たく掠めていく。

およそ〝絵本の世界〟に似つかわしくない冷たく重苦しい空気がその場を支配していた。
空気だけじゃなくて光景そのものが、黒く染まっていく。
まるで世界の終りを見ているみたいだとリオとアオは思った。

谷底に落ちたうららとレオは、未だ戻ってくる気配は無い。
数十分かそれぐらいしか経っていないはずなのに、もう何時間も待っている気がする。
募る不安と目の前で不敵に笑う魔女が、一層空気を黒く染め上げた。


「さて、アンタ達はどうする?」


東の魔女は口元をいやらしく歪め、その瞳にリオとアオを映す。
この場合の選択肢なんて、ひとつだけだ。


「──俺が行く。リオ、お前はここで待ってろ」


メガネのフレームを押し上げながら、アオが一歩前に踏み出した。
予想外の言葉にリオはおもわずアオの顔を凝視した。


「行く、ってどうする気?」

「知らん。知らん、が」


ふ、と息を吐き出して。
いつもきっちり締めているネクタイを気だるげに緩める。

はじめてだと思った、アオのこんな顔。


「あの魔女は、ブリキのきこりに呪いをかけた張本人だ。報復ぐらい、する価値はあるだろう」


アオらしくない、なんて感情的なセリフ。
アオもここに来ていろんな意味で変わった。

そんなアオにリオは仕方ないなとため息混じりに苦笑いを漏らし、埃を払いながら立ち上がる。


「なら、お供しようじゃない」

「余計なお世話だ」


「アオは昔っからカワイくないなー」

「お前にだけは、言われたくない」


それでも自然と口元に笑みが浮かぶのは、なんとなく、懐かしいからだと思う。

リオ自身には懐かしむ記憶なんて殆ど無いけれど、でもそう思ったのは嘘ではなかった。


「こういうのは、あのバカにやらせておけばいいと思ってたんだがな」

「レオの得意分野だもんねぇ」


──むかし。
自分達はきっと心のどこかで、互いの存在を頼りにしていた。
そんな時期が、少しだけあった。


そんなこと決して言えやしないけれど。