国語部屋に戻ると、二人は静かに課題に取り組んでいた。
ーーコツコツコツコツ、シャッ……
小気味のよいリズミカルな音が響いている。
朝からため息ばかりだった松野も、午後になって気持ちが切り替わってきたのか、ペースを取り戻してきたようだ。
よかった……と言うにはまだまだよくない状況だが、マシになった。
「進んだ?」
私が声をかけると、彼女は珍しく微笑む。
「はい。英語はあと2ページです」
「うん。頑張って」
持参したらしい重そうな参考書を広げ、文法の問題を解いている。
彼女が解いている英語の問題の中にこのような英文があり、目に入った。
It was not because she was sick that she wanted to go home.
松野らしい凛とした字で(was)(that)(wanted)と埋められている。
「彼女が家に帰りたかったのは、体調が悪かったからではない」
私は意味を理解すると、それが妙に松野とシンクロしていて、もう一度彼女の顔を見る。
集中で感情のない表情にホッとした。
悲しい顔よりマシだ。
どこにも逃げられないこの環境で、共に過ごす者と仲違いしてしまうなんて。
こういうことは自分たちで解決してもらうしかないため、私は役立たずだ。
仲直りするにしろ、決別したままにしろ、自分で折り合いをつけるしかないのだ。
重森も、松野が課題に集中し始めたことを察し、邪魔してはいけないと大人しくしている。
彼女を心配するあまり、自分も課題が進んでいなかったから、今になって焦ってペンを走らせている……というのもあるだろう。
ふと、重森が顔を上げた。
「先生、これ意味わかんない」
「どれ?」
課題のプリントを指差す彼に近づき指の先を覗く。
余白に彼の下手な字で『さやかせんぱい、ないてない?』と書かれていた。
「これ。こういう順番になるの?」
カモフラージュに適当な質問。
私はこくりと頷き、適当に答える。
「あー。はいはい。これはね……」
強い風が吹き、窓がガタッと音をたてた。
パラパラ雨がぶつかる音も混じる。
雨風はだんだん強くなっているようだ。
窓から外を覗くと、木々が大きく婉曲しているのが見えた。



