いつもの松野なら、その日の課題の半分を仕上げている時間だ。
しかし今日はまだ4分の1ほどしか進められていない。
集中できていないというレベルではない。
まるで手についていない。
ケンカか……。
相手は飯島か、それとも仲良くしている女子たちか。
人間関係のバランスが崩れると、生活全てが辛くなるお年頃。
誰かといさかいを起こして勉強に意識をキープできなくなってしまう感覚は、私にもよくわかる。
「仲直りはできそうなの?」
私が訪ねると、松野は重森に見せたのと同じ下手な笑顔を、私にも見せた。
「どうでしょうね」
珍しく私の目を見て、冷静に答える。
希望のない表情。
仲直りの兆しはないようだ。
視線を横にずらすと、重森が私にもっと情報を引き出せと目で訴えている。
「何か危害を加えられたりは?」
「ありませんよ。いじめじゃないんですから」
「自分で解決できそう?」
「わかりません。でも、手助けは不要です」
おおう、いつもの松野らしい、冷たい返し。
余計なことはするなよと表情で読み取れる。
課題の続きにペンを走らせる彼女を見て、少しだけ安心する。
私も重森も、それ以上何も聞けなかった。
雨が次第に強くなっていく。
台風が近づいていていると聞いた。
どんよりとした天気が松野の心と共に動いているような気がして不安になる。
もしかして台風が来たとき、松野の心は大荒れに荒れるのではないだろうか。
“ガラガラ……”
「先生、質問に来ましたー」
別の部屋からやってきた生徒が、国語部屋に新しい風を運んできた。
私は自分の職務を全うすべく、明るく丁寧に質問に答えた。