「おはよう」
国語部屋に入ると、重森が一人、ペンを回して遊んでいた。
松野の姿はない。
「あれ? 松野は?」
「さやか先輩なら……あ、トイレじゃないかな?」
明らかに何か知っている様子だ。
けどまぁ、私は大人だ。
ここは気付かないフリをしてやろう。
直後、松野が部屋に入ってきた。
少し顔が赤っぽく上気している感じがする。
「遅れてすみません。トイレ行ってました」
……嘘だな。
根拠はないけど雰囲気的に。
詮索するつもりはないが、昨日とは違って表情がゆるい。
何かいいことでもあったのだろうか。
「はい、今日は二日目の課題からね」
二人は力なく「はーい」と返し、ダルそうに課題を広げた。
文句は言わず、各々好きな教科から始めている。
国語、数学、英語。
中学生に限っては理科と社会も。
課題はそれぞれ一日分ずつ綴じられている。
今日はすんなり課題に取り組んでくれてよかった。
しばらく自分の仕事をしていたが、私はあることを思い出して二人に声をかけた。
「そういえば二人とも、読書感想文の宿題とか出てる?」
二人はあからさまに顔をひきつらせて顔を上げた。
「……出てますけど」
「……俺も」
こんな顔をするくらい、読書感想文のことなど思い出したくなかったようだ。
私は国語の担当として、彼らや他の生徒の感想文を手伝うよう頼まれている。
重森など「あわよくばサボってやろう」くらい思っていそうだが、夏休みの宿題の提出状況は2学期の内申点に直結する。
高校受験のためにも、サボらせるわけにはいかないのだ。
「合宿中に書いて持ってきてくれれば、添削するよ。書き方に迷うようなら手伝うし」
松野は「はーい」と気のない返事をしたが、重森は心底嫌そうな顔で言い返す。