「“学び人であれ”」
南先生が、唐突に告げた。
「学び人?」
あまり聞き馴染みのない言葉に、思わず顔を上げる。
南先生は私の涙に気づき、そっとティッシュ箱をこちらに寄せてくれた。
「はい。うちの塾訓です。生徒はもちろん、我々講師も、我々に大切なお子さまを預けてくださっている保護者のみなさんも、おごらず常に学ぶ気持ちを持とうというメッセージです」
人の上に立って“教える”仕事を行う日々の中で、生徒に対しておごる気持ちが芽生えていた自分に深く刺さる。
それなりの自信は必要だが、学びを忘れて楽をすれば己は成長しないし、そのような指導者には指導する資格がない。
「なるほど……。身に沁みます」
「すみません、そんなしっとりした話をしたつもりはなかったんですが……」
「涙もろくてすみません。最後だと思うと、感慨深くて」
南先生はそれから、教室であった笑い話や若い頃の田中先生とのエピソードを聞かせてくれた。
特に田中先生が二階の教室の窓から教卓を投げ捨てた話や、不良仲間20人とともにバイクで塾に乗り込んできた話は印象深かった。
南先生は笑って話していたが、きっとその当時は想像を絶するほど大変だったはずだ。
ちょうどその話をしている時、田中先生がみなみ先生の部屋にやって来た。
「南先生、佐々木先生。時間です」
なかなか戻らない私たちを呼びにきてくれたようだ。
今の田中先生からするととても信じられない過去に、人は変われるということを学ぶ。
「わかりました。行きましょうか、佐々木先生」
「はい」
私たちは立ち上がり、講堂へと向かう。
もう入ることはないであろう南先生の部屋を名残惜しく思いながら。



