「どうしたの? 思い詰めたような顔してるけど」

いつの間にか隣に座っていた俊輔に声をかけられ、ふと我に返った。

感傷に浸るにはまだ早い。

気を抜いていた。

「今日でみんなとお別れするの、寂しいなって思ってね」

そう言って笑顔を見せると、俊輔は安心したように顔を緩める。

今夜は遠慮なく彼に甘えることができるなぁと思い至った自分に気づき、顔が熱くなった。

「このままうちに勤めちゃう? 講師募集中だけど」

それも悪くない。でも。

「今の職場を簡単には投げ出せないよ」

本来の自分の生徒たちだって大切なのだ。

「彩子のそういうとこ、超好きだよ」

「ちょ……やめてよ、こんなとこで」

私の顔はますます熱くなった。

私の反応に満足したのか、俊輔は楽しげに口角を上げる。

勢いづかないと素直になれない私と違って、俊輔は簡単に愛情を表現できる人だ。

私は彼のそういうところが好きなのだが、それはここで告げることではない。

「給料入ったらさ、ふたりでどこか旅行しよう」

私にだけ聞こえる小声での提案がとても魅力的で、寂しさが中和されてゆく。

「いいね。9月に入ったら時間もできるし」

ここにいる大勢の人とは今日でさよならだけど、私と俊輔はこれからも一緒にいる。

彼らとの繋がりが完全に切れるわけではないと気づくと、また少し寂しさが中和された。