のっけから生徒にやる気がないと宣言をされるなんて、誰が想像できただろう。
彼氏が他の女に言い寄られている現場に遭遇したのに、取り乱さずよく耐えた。
生徒の恋の話を聞いたり、行方不明になったり、見つけたと思ったら道が塞がって帰れなくなったり。
これまでの人生で使ったことのない神経を、たくさん使った気がする。
「先生?」
声に気付いて我に返ると、目の前で松野が怪訝そうに眉間にしわを寄せていた。
「へ?」
「へ?じゃないですよ。すごい顔してましたよ」
「ごめんごめん。考え事してた」
もう何分も前からまったく仕事が進んでいない。
ていうかすごい顔ってなんだ。
「何考えたらあんな顔になるんですか。口は半開きだし、目は死んだ魚みたいだし、ひどい顔でした」
松野の言いように重森も声をあげて笑い出す。
「そこまで言うことないじゃん!」
死んだ魚みたいって、どんな目だ。
今日もきちんとメイクを施したのに。
私は軽く頬を叩き、表情を引き締めてキリッとした顔を作る。
「今さらカッコ付けても遅いです」
「ずっとアホ面でいられるほど女捨ててないし」
ここで重森が割って入ってきた。
「携帯で画像撮って市川先生に見せればよかったな」
ケラケラと笑う彼に、松野が言い捨てる。
「はじめちゃんは授業中いつもあんな顔してるけど」
重森が恥ずかしそうに「嘘だろ」と両頬に手を添えたのを冷たい目で一瞥し、松野はさらりと告げた。
「顔が直ったところで、質問してもいいですか」
こんなやりとりも今日で最後だと思ったら、急に目の奥が熱くなった。
涙が滲み出てきたことがバレないよう、私は顔の筋肉を全力で動かし、笑顔を作る。
「はいはい。持っておいで」