「南先生のところで説教食らってる」

何てことのないような雰囲気で言うと、松野はホッとしたような顔を見せた。

私の話ぶりから、どちらにもケガなどがなかったことを悟ったからだろう。

「そうですか」

クールに告げて、あっさり課題へと視線を戻す。

重森と飯島、どちらが心配?

なんて尋ねたら、彼女を困らせてしまうだろうか。

生徒たちの恋愛に首を突っ込もうとするなんて、この数日の間に私もみなみ塾に感化されたのかもしれない。

重森のいない国語部屋はいつもに増して静かだ。

ペンを回しに失敗してペンが落ちる音も、間違った部分を消しゴムで力任せに消す音もしない。

ただ松野が走らせるシャープペンシルの小気味良い音が、軽快にリズムを刻んでいた。

昨日鳴けなかったセミがここぞとばかりに自分を主張する音が混じる。



約2時間後、重森が国語部屋に帰ってきた。

着ている衣類は所々汚れており、腕の数ヶ所に絆創膏が貼られている。

「……戻りました」

不機嫌そうな顔から、まだまだやり足りない感じがうかがえる。

しかし今の自分が飯島に敵わないことはわかっているはずだ。

「おかえり」

私が告げると、一瞬だけ弱々しく表情を歪めた。

松野は彼の方を向くだけで、言葉はかけなかった。

「ご迷惑かけてすみませんでした」

重森が棒読みの謝罪を述べ、一礼し、着席。

そして黙って今日の課題を広げた。