二人が連れられていったのを見て、建物の中から覗いていた野次馬たちも解散。
隣の山田くんのようにヒロインがこの場に現れることはなかった。
松野は彼らのケンカをどう思っているのだろう。
重森が松野のために戦ったと知ったら、彼を見る目を変えるだろうか。
建物へ戻ると、俊輔がまるで何事もなかったかのような顔で尋ねてきた。
「あれ? もう終わったの?」
「うん、田中先生が頃合いを見て止めに入った」
「そうか。長引かなくてよかったな。この天気で長期戦だと、熱中症になる」
熱中症って、気にするところ違うんじゃないの?
中高生とはいえ、子供のケンカではないのだ。
焦ってヒヤヒヤした私がただ臆病なだけ?
「この塾おかしい」
「なんで?」
「ケンカは普通止めるでしょ」
「そうだね。でも、南先生はやらせることにしてる。保護者には入塾のときにちゃんと説明してあるし、保護者もこの方針に納得して子供を預けてくれてる」
ケンカしてみて学ぶことも、たくさんあるのかもしれない。
それでも人と人が争うのを止めないなんて、私には理解できません。
だって人が傷つくところなんて見たくない。
「止めるのは田中先生の仕事なんだね」
「うん。あの人、ああ見えて実はバリバリのヤンキーだったんだよ」
「えっ……そうなの?」
全然そうは見えないんだけど。
「中学までは特に荒れてはいなかったらしいんだけど、反抗期が高校の時に来たみたいで。見かねた両親にこの塾に無理やり入れられて、更生したんだってさ」
マンガみたいなエピソードだ。
そんなことってあるの?
信じられない、という目で俊輔を見ると、証拠とばかりに私が持つメガネを指差した。
「そのメガネ、ダテメガネなんだよ」
言われてレンズを見てみるが、光の屈折がほとんどないのがわかる。
「……ほんとだ。度が入ってない」
「しかも全然似合ってないでしょ。それもわざとなんだってさ」
「え? わざと似合わないメガネかけてるの?」
俊輔は私の反応に満足そうな笑みを浮かべる。
「みなみ塾で講師の仕事を始めるにあたって、自分をキャラ付けするものがあるといいんじゃないかって、南先生がアドバイスしたんだって」
似合わないメガネだからこそ、メガネの印象が強くなる。
元ヤンの田中先生の元ヤン感を消すには、たしかに有効かもしれない。
田中先生、ますます興味深い人だ。



