「松野の彼氏は飯島でしょ?」
負けじと告げると、松野は渋い顔で振り向く。
「そういえば、一緒にいるとこ一回見られましたもんね」
あの日、階段の踊り場で。
ふたりはとても初々しくて微笑ましかった。
「あのときはうまく行ってそうに見えたけど」
「私たち、あの時はまだ付き合ってもなかったんです」
「え、そうなの?」
「付き合い始めたのは肝試しの後です。でも、すぐにギクシャクしちゃって」
ギクシャク……か。
付き合い始めてすぐに『最低週イチでヤらせろ』なんて言われたら、恋が冷めてしまうのは仕方ない。
その件に関しては、飯島があまりに不誠実だ。
松野は悪くない。
ーーパチン、パチン、ゴトッ
楽器のケースは重厚そうだ。
宿泊の荷物も重いのに、よく持ってきたなぁ。
それだけ上手になりたいのだろう。
音は鳴らせなくても指の練習はできる。
「それにしても、市川先生か……」
松野が座って、ため息混じりに呟く。
「バラさないでね。仕事しづらくなっちゃうから」
「わかりました。でも市川先生って、小谷先生と付き合ってるって思ってたから、ビックリです」
小谷先生……。
やっぱり松野もそう思っていたのか。
身近な大人の男女をカップリングしてしまうのはありがちだけど、どうして小谷先生と俊輔なの?
田中先生じゃダメなの?



