「松野には行動力があるね」
「そうですか?」
「ふつう台風の中、危険を省みずにここまで来ようなんて思えないよ。勇気ある」
「逃げたかっただけですってば」
松野はパッと見、大人しそうな女の子だ。
おしとやかで人の三歩後ろをついて歩くようなタイプに見える。
しかし彼女はきっと、他の女の子よりずっと大きなエネルギーを持ってるに違いない。
もちろん、逃げるために危険も省みず、私たちに多大な心配をかけたことは褒められないけれど。
きっと夢は叶う。
松野なら絶対できる。
頑張れ。
恋愛や友達との関係で悩むことは、これからもたくさんあると思う。
でも、頑張れ。
私も頑張るから。
私は夢を叶えるために必要な、私には足りないなにかを、松野から見せてもらったような気がした。
「それにしても、いつ助けは来るんだろうねぇ」
私は立ち上がって、屈伸をした。
体が鈍ったのか、膝がパキっと鳴る。
松野はクスッと笑い、クールに告げた。
「私はまだ戻りたくないので、もうしばらくここにいたいです」
そうだった。
私はすぐにでも戻って雨風で冷えた体を温め、まともなご飯にありつき、柔らかい布団で寝たいけど、松野はそれらを捨ててここへ来たんだった。
「ねえ、松野。サックス聞かせてよ」
「え?」
「練習練習。宿舎じゃ無理だけど、ここなら音を鳴らしても平気でしょ。ジャズっぽい曲とか弾ける?」
松野の奏でるメロディーを聴いてみたい。
音だけならさっき聞こえたけれど、台風の音に邪魔をされていたし、松野を見つけるのに必死だったから楽しむことはできなかった。
「先生、サックスは弾く、じゃなくて、吹く、です」
松野の鋭いツッコミも復活してきた様子。
「失礼しましたー」
「国語の先生なんでしょう? 覚えといたほうがいいですよ」
「わーもうほんと生意気ー」
でもよしとしよう。
いつもの切れ味が戻ってきたし、笑顔も増えてきた。



