宿泊のための荷物が入っていると見られるスポーツバッグ、サックスのハードケース、そして開いた折り畳み傘が壁際に置いてある。

そしてここに来るまでに濡れてしまったのであろう衣類やタオルは、私と同じように部屋の隅に干すように広げて干しているようだ。

照明を点灯しなかったのは、あえてだろうか。

日中であることがなんとかわかるくらいの微かな光が、窓から得られている。

「ねえ、いつからここにいるの?」

「朝の4時ごろに部屋を出ました」

「ずいぶん早起きだね」

「いえ、寝てないんです」

「マジで?」

「はい。眠りたくなかったので、私も山田くんを読み直してました」

眠りたくなかったのは、きっと逃亡するつもりだったから。

眠ってしまったら目覚ましをかけないとそんなに早く起きられないだろうし、目覚ましを鳴らすと、部屋のみんなに気づかれてしまうかもしれない。

それにしても、ガッツあるなぁ。

そこまでして逃げたかったのか。

雨は昨日からずっと降っている。

風も強いし、あの小さな折り畳み傘ではほとんど雨をしのげなかったはずだ。

その証拠に松野の髪はまだ少しだけしっとりしているし、干してある服もまだ乾いていない。

「台風が弱まるまで、私ちょっと眠るね」

寝不足に加えて、心配したり歩いたり走ったりして疲れてしまった。

「私もそうします。なんだかんだでソワソワしてたんで、一睡もしてないままなんですよね」

松野も私の真似をして放置していたタオルをたたみ、枕にして横になった。

雨の音、風の音、たまに聞こえる雷の音。

大空が奏でるハーモニー。

ちょっぴり激しい子守唄。

しばらく目を閉じていると、すぐに松野の寝息が聞こえ始めた。

一睡もしていなかったから、入眠が早い。

仰向けだった体勢がごろんと左に倒れる。

口を半開きにして眠る、間の抜けた松野の顔。

不思議だ。

規律を破って逃げたことに対する怒りより、意思を示すために行動に移した勇気を称える気持ちが大きい。

スー、スー、スー……

すぐに彼女の寝息が聞こえてきて、私のまぶたも次第に重くなった。

「お疲れさま」

彼女を起こしたりしないよう、声に出さず口の動きだけでそう言って、私も目を閉じた。