「……なんかサイモンと行くの、久々じゃねぇ?」
なんて、えびフィレオ食ってるダチンコが言う。
――結局、ダンゴとはそのまま会話もなく放課後を迎え、俺はダチンコ達とカラオケに向かったわけで。
確かにここ最近、ずっと屋上に避難していたせいか、遠くから見ていた街に出るのは久々な気がする。
ちかちか光るネオンの中に入り込むと、空を見上げて、初日あたりにダンゴが言っていたことを思い出した。
『こんな空しか見たことないの、ヒヨコくん』
そういえば、その時はまだヒヨコ呼ばわりだった。
(確かにこっからだと、……星、見えねぇや)
辺りが明るすぎて、高層ビルの隙間から見える狭い夜空にチリ屑のような星を探すのは難しい。
けど、俺にとってはこのこの夜空が夜空だし。
ダンゴは今までどんな空を見てきたのだろうか。
(これくらいは聞いてもいいよなー…)
でも今日の様子だと、引越しの理由についてはエヌジーだったらしい。
細い眼が鋭いチュー坊らしからぬ彼女に、一体なにがあるんだろう。
(いやもしかしたら、実は、大した理由もないのかも……)
『……あ、ごめん。なに?』
試験管を洗っていたダンゴがしれっと振り向く。
けれどその微妙な時間差に、俺は口をつぐんでしまった。
『……あ、いや、なんでも、ないス』
そのままなかったことにして、お互いに作業ラストスパートを掛ける。
(聞こえてた、よな)
だって肩が動いた。
俺の声に反応してた。考え事をしてた風じゃなかった。
聞こえていた、筈。
でも聞こえないフリをした。
――この時、俺はフラスコを握り締めながら、ゾッと冷や汗を掻いていた。
絶対に踏み込んじゃいけないゾーンに入り込んでしまったような、柔らかな外殻に無遠慮に触れて、傷付けてしまったような。
罪悪感。
(ダメだ、なにも知らないって、マジで怖い)
踏み込んじゃいけないラインが解らない。
暗闇の中で、黒文字で書かれた立ち入り禁止の文字を探るなんてそんな不毛な。
ダンゴの背中が一気に小さくなったことに、俺は内心で八回くらい謝り続けていた。
だからと言って、聞き出す勇気もないし、聞いたところでうまくなにかを返す真似も出来ない。
俺はやっぱ臆病だ。


