「冬ちゃん、教えて……」


 約束通り、授業が終わると戻ってきた冬歌に澪は泣きついた。



 そんな澪を見て、冬歌はため息をついた。




「稚尋の、こと?」



「うん……えりのことを聞いても何も話してくれなくて……」



 何か事情があるということはわかったが、それが何なのかを澪は知りたかった。


 冬歌は澪の言葉を聞き、さらに深いため息をついた。



 そして、言った。





「そればっかりは、稚尋本人に聞かなきゃ」





 そう言って、冬歌は悲しそうに微笑んでいた。




 どうしてなの?


 どうして皆、悲しい顔をしているの…………?



「……なんで?」



「……それは、稚尋の傷だから」



 冬歌はそう言うと、窓の外をそっと見つめた。



 傷…………?



 稚尋の過去に、何があったの?



 ねぇ、稚尋………………。



「私……どうしたらいいのかな」



 涙が溢れそうな瞳を両手で覆い、澪は冬歌に聞いた。


「そんなの……」



 冬歌は、澪に笑いかけながら、言った。




「直接、えりちゃんに聞いちゃえば?」



「えりに?」


「そう。稚尋が言わないなら、えりちゃんに聞くまででしょ」



 そう言って、冬歌は笑っていた。




「……そうか、な?」



「そうだよ」



「……ん。……なんか、ありがとう……私、聞いてくる!」




 勢いよく立つ澪に、冬歌は笑顔で応えた。




 保健室の扉が閉まった。




 あとに残ったのは、冬歌ただ一人。




「まったく、稚尋は……どうしてあの子は最後の詰めが甘いんだろう?」



 冬歌は大きなため息をつく。




 稚尋の義姉になって、早十年。


 今のところ、五歳の頃に初めて会ったあの時と、稚尋は何も変わっていないように思えた。




 いや、少し変わっただろうか?



 と言うか、十五歳になってやっとその年齢に精神が追いついた、と言った方がいいかもしれない。





 初めて会った彼は、大人過ぎた。



『はじめまして、今日からあなたの姉になる冬歌です! 冬歌って、呼んでいいからね』


 十六歳だった冬歌。



 五歳だった稚尋に話しかけるのは、早く仲良くなりたかったのかもしれない。



 ニッコリと笑う冬歌に向かい、稚尋は言った。



『よろしく、冬歌……仲良くしましょうね』



 五歳の男の子が、冬歌に笑顔で手を差し延べた。


 その笑顔は、瞳の据わったニセモノの笑顔。



 冬歌は背中にゾクリと寒気に似た、何かを感じた。