イジワルな恋人



「……よく佐伯さんから逃げてこられたね」


入れたてのコーヒーをテーブルに置くと、亮がため息をつきながら口を開いた。


「ああ。店長が佐伯を呼び出したがらその隙に……。

受付のちびっこい女に聞いたら、休憩入っていいって言うから……」


ちびっこい女……。香奈ちゃんのことか。


亮の表現に少し笑いながら、ついでに入れたコーヒーを口に運ぶ。

普段はあまり飲まないコーヒーは、やっぱり少し苦味が残る。


「……ずいぶん余裕じゃん?」

「え? なにが……って、ちょっと、近いよ!」


振り向くと、すぐ近くに亮の顔があって。

あまりの近さに、一気に赤くなった顔を亮から逸らした。


「落ち着けよ。大人で落ち着きがあるんだろ? 先輩は」


亮の口から出たのは、さっき香奈ちゃんから言われた言葉で……。


「……聞いてたの?!」


驚いたあたしを、亮が楽しそうに口の端を上げて笑う。


「っていうか、バイト内恋愛禁止だから! バレたら大変だし、」

「別に関係ねぇよ。バレなきゃいいんだろ? 

……おまえ、やなの?」


必死の言葉も亮には届いていないみたいで、近距離から真剣な目に、捕らえられる。


何度見ても慣れないその目に……、

亮の『男』の顔に……。


心拍数が飛び上がる。


……嫌なわけない。


じっと見つめてくる、熱のこもった亮の瞳に……、

あたしは抵抗するのをやめて、目を閉じた。




自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる中、亮の気配がして、唇が重なる……。