イジワルな恋人



「じゃあ続き始めよっかぁ」


佐伯さんがご機嫌にそう言って、受付から移動しようとした時。

腕に張り付いたままの佐伯さんの手を振り払って、亮が表情を歪めた。


「あー、俺、その佐伯さんの香水の匂いダメみたいです。

傍にいると気持ち悪くなるんで、失礼ですけどあんまり近寄らないでもらえます? 

仕事は水谷さんに教えてもらいますよ」


亮の失礼な言葉に、佐伯さんは少しムッとした顔を見せたけど……。

すぐに笑顔を作った。


「あ、やっぱり? あたしも実はあんまり好きじゃないんだぁ……。

貰い物だから使ってたけど。

じゃあ今度、桜木くんの好きな匂いの香水、一緒に買いに行こうよ」


……すごい。

呆れるというよりも、ここまでくると感心しちゃう。


……あたしだったら、あんな事言われたらショックで言い返せないのに。


何回も修羅場を乗り越えたっていう噂は聞いていたけど……。

佐伯さんの態度を目の当たりにすると、その噂を思わず信じたくなる。


……あたしも少しは佐伯さんの積極性を見習った方がいいのかも。

そうすればもっと、自分の気持ちに素直でいられるのかもしれない。



だけど……。

今のあたしにとっては、佐伯さんの積極的で威圧的な態度は、脅威でしかなかった。


漠然とした不安が、ずっと胸をざわつかせていた。