「奈緒!」
教室前の廊下で待っていた梓が、あたしを見るなり駆け寄ってきた。
「おはよ。どうしたの?」
「昨日のニュースね、特に話題に出なかったから安心して」
梓が、ニュースの事を当たり前に口にした事に、少し驚く。
やっぱり、あの事件を全部知った上で何も聞かないでくれてるんだって、改めて実感して、梓の優しさに苦しくなる。
「……ありがとう」
「ううん。……でね、中澤先輩も噂になってないか心配したみたいで教室覗きにきたんだよ。
大丈夫ですって、言っておいたけど……」
梓の口から出た中澤先輩の名前にびっくりした。
本当なら感謝しなくちゃならない中澤先輩の行動が、今のあたしには……少し、つらく感じる。
「先輩……、何か言ってた?」
「ううん。心配そうではあったけど。
ねぇ、奈緒。……先輩と何かあった? それとも家族の事まだ……」
少し遠慮がちに言う梓の目が、心配そうにあたしを見つめていた。
梓が、今まで決して触れてこなかったあたしの家族の事。
きっとあたしの顔に、泣いた形跡を見つけて、それで声をかけてくれたんだ。
ずっと心配してくれてた事を、初めて声にしてくれたんだ。
不安を隠せない視線を向けられて、あたしは微笑む。



