謹啓。

初めてお便り差し上げます。

貴女様は覚えてらっしゃらないかと思いますが、以前、何かとお世話になった者です。

名前を申し上げましても、きっと貴女様はお判りにならないかと思います。

何と申しましても、貴女様と出会いましたのは、かれこれ三十年も前の事ですから。

今から三十年前、私は交通事故に遭い、貴女様が勤める病院に入院しました。

貴女様が19、私が14になって間もない頃でした。

貴女様は、看護婦でしたから、当然のように献身的な看護をしてくれました。

まだ中学二年生になったばかりの私は、そういった事など判らず、特別な感情から出た行為と錯覚する始末。

お恥ずかしい限りです。

尤も、貴女様が特別ではなく、他の看護婦さん達もすごく優しく親切でした。

ですから、貴女様だけを特別と受け止めたのは、私が憧れの想いを抱いていたからなのでしょう。

その病院に、貴女様は一人だけ住み込んでらっしゃいましたね。

確か、日曜日の昼下がりの事ではなかったかと思います。

ご自分の洗濯物を干しに屋上の物干し場へ来た時、偶然日向ぼっこをしてた私と二人切りになりました。

私の事など子供としか思っていなかった貴女様でしたから、ご自分の下着を物干し竿に干すにしましても、殆ど無頓着だったのです。

私の目には、干される下着がとても眩しく見えましたし、二人切りでその場に居るというだけで、心臓が掴まれたような感じになっておりました。

朝夕の検温の時、貴女様の白く美しい手が、脈を取る為に私の手首に触れる度、何時も胸をどきどきさせておりました。

その感覚は、生まれて初めて体験するものでした。

貴女様と言葉を交わすだけで、胸の奥が締め付けられたものです。

貴女様に感じたあの感覚。

後にも先にもたった一度だけのものでした。

あれから私も歳を重ね、幾度か恋を致しましたが、あのような感覚は一度もございませんでした。

初恋。

多分、あれがそうだったのでしょう。

となれば、私は世界一幸せな男かも知れません。

それは、初めて恋を知った女性が貴女様でしたから……

敬具