宛名も住所も判らない君に、こうして手紙を書いています。

どうやって出せばいいのだろう…などと考えているうちに、ずうっと書きそびれていたこの手紙。

いざ書こうとすると、なかなかペンが進みません。

0.1%も無い可能性かも知れませんが、もしも君がこれを読んでくれた時、差出人が僕だと果たして気付いてくれるでしょうか。


あれは、冬がそこ迄来ていた日の、小雨降る夜でした。

駅前のバス停で最終バスを待っていた僕は、降り出した雨の中を濡れながら立っていました。

少し酔っていた僕は、別段濡れる事を気にもせずにいたのです。

そこへ、後ろからすうっと傘が……

え!?

と思い、振り返ると、そこに君はいました。

僕の肩より低い背の君は、目一杯に腕を上げ、僕を雨から覆ってくれたんです。

知らない女性にそんな事などされた事がなかったから、僕はどうしたらいいのか判らず、無言で軽く頭を下げるだけでした。

なかなか来ないバスを待つ間、何とも妙な雰囲気でした。

傘を差して貰い、僕は雨に濡れなくなりましたが、君は結構濡れたと思います。

大きくない傘を目一杯僕に差してくれてた訳ですから、君が濡れるのは当然でした。

僕はそれに気付きませんでした。

一つの傘で雨を凌ごうとしても、見知らぬ男と女。

二人の間には微妙な空間がありました。

やっとバスが着て、乗り込んだのですが、僕は図々しくも君の横に並んで座ったんです。

三十分程の距離。

無言のまま二人掛けの座席に並ぶ僕と君。

一つだけ、はっきりと憶えている事がありました。

君にチューインガムを一枚上げましたよね?

ぶっきらぼうに、いきなり差し出したガムを受け取った君は、さぞかし僕の事を変な男と思ったでしょう。

僕が降りるバス停で止まった時も、結局は軽くお辞儀をするだけでありがとうの一言も口にしませんでした。

最悪でしたね。

今だに自己嫌悪に陥ります。

それでなんですが、時計の針をあの日の夜迄戻して貰えませんか?

同じように雨が降る夜から……

今度は、ちゃんと名前も言います。

傘のお礼と、そして……