前略。

君への手紙の書き出しを どう書こうか迷っているうちに、随分と歳月が経ってしまいました。

僕が君へ想いを寄せていたと気付いたのは、情け無い事に君の名前を忘れてしまった後の事でした。

君が見せてくれた笑顔や、すねて頬っぺたを膨らました顔

大きな黒目をいっぱいに潤ませた泣き顔

みんな、ちゃんと憶えているのに、僕は君の名前を忘れてしまいました。


そんな僕が、君の事を好きでしたなんて言っても、絶対に信じて貰えませんよね。

幼い頃の事だったから……そう言い訳しても、やっぱり信じて頂けませんか……


あの頃の君は、僕より少しばかり背が高く、大人びた表情をしていました。

でも、実際の君は外見とは違い、とても無邪気で、妹のように甘えん坊でした。

君と過ごした、たった一度だけの夏休み。

忘れもしません。

初めて握った君の手の感触。

怖がる君を 僕はおもしろがり、無理矢理お化け屋敷へと誘いました。

君は僕のシャツを力いっぱい掴み、今にもべそをかきそうな声で

「帰ろうよ、ねえユウちゃん帰ろう……」

そう何度も言いましたね。

僕は、そんな君をわざと驚かせてみたり、からかったりしました。

とうとう君はお化け屋敷の中で泣き出し

「ユウちゃんのばか!」

と言って座り込みました。

余りにも激しく泣きじゃくるものだから、お化けに扮したお兄さんに僕はたくさん怒られました。

へたり込んだ君をお化け屋敷の外へ出そうとし、手を差し出すと君はぎゅっと握りました。

痛いくらいだったんですよ。

君は、本当に泣き虫でしたね。

そんな君の最後の泣き顔を見たのは、年が明けた寒い季節の事でした。


あれから……


やめましょう、過ぎ去った歳月を数えるのは……


ねえ……


君の事が好きだったと、本当に信じてくれますか……


名前を……


名前を忘れちゃった事、ごめんなさい

草々