しばらく言うか言うまいか悩んでいたみたいだが、ゆっくりと口を開いた。
「あの…どうして津久見さんは、隣に引っ越して来たんですか?」
すると、その問いに少し考えてから、尚人は答える。
「そうだね…1番の理由は《君》かな」
「えっ…オ、オレ!?」
思ってもみなかった告白に驚いた裕一郎は、人差し指で自分の顔を指さした。
「うん。前に一緒に仕事がしたいって言ってたでしょ。あの時は断ったけど、後で考えてみたらそれも楽しいかな、と思って」
栗色の柔らかな前髪から覗く、綺麗な瞳を尚人は細める。
どこかからかいの混じる口調に、
「それって、何か嘘っぽいです…」
裕一郎は拗ねた表情をした。
「じゃあ、これで少しは信じて貰えるかな?」
彼はジーンズの後ろポケットから1枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
「…あっ!!」
それは河村が作った求人募集の張り紙だった。
「実はここのビルのオーナーは、僕の父の友人なんだ。以前から君の事が気になってたから、渡部さんに空き部屋が出来た時は知らせて貰うようお願いしてたんだよ。そしたら2週間程前に、この事務所の隣が急遽空くって連絡があってね…それで引っ越しを決めたんだ」
「…でもその頃は求人の張り紙、まだなかったですよね」
「うん。仕事を探さないとな…と思ったら、運よくここが求人募集を始めたんで面接受けたんだよ。そしたら採用されたって訳」
(なんか津久見さんってメチャクチャ運がいい人?話を聞いてると、何もかもが思い通りの方向に進んでる気がするんだけど…)
全てが尚人に味方しているような気がして、裕一郎はマジマジと彼の顔を見る。
そんな事に当の本人は気付いているのか、いないのか…柔らかく微笑むばかりだ。
「面接はいつ受けに来られたんですか?」
「えっと、あれは確か…」
言いかけて、壁のカレンダーに目をやる。
「先週の月曜日だ」
横から河村が口を挟んだ。
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