「コンビニの帰りにここの前を通りかかったら、偶然オーナーの渡部さんに会ったんだよ。部屋の状態を見に来たついでにお前のとこに寄ったらしい。けど留守だったんで、おれに伝言を頼んでいったって訳だ」
「ふぅん、なるほどね…で?」
「あれ、タッチの差で入居者決まりましたってさ」
「…何だ、もう決まったのか」
築年数がかなり経っている、駅から離れた雑居ビル…家賃は安いが事務所として構えるには少々立地が悪い。
しかし最近流行っているリノベーションの効果か、ここ数年住人が入れ替わってもすぐに埋まってしまう状態が続いていた。
偶然にも隣が空いたのでここは事務所はこのまま、そこを住居として使おうかとオーナーに問い合わせをしていたのだが…どうやらどこかの誰かに、先を越されてしまったらしい。
「久司…何で、そんな問い合わせを?」
黙って聞いていた裕一郎が、オズオズと口を挟む。
すると、河村はサラリと答えた。
「お前の部屋の方角が悪いから、隣に住居を移そうと思ってたんだ」
「えっ…わざわざそれだけの為に!?」
「それだけの為って、お前に振りかかる災難が続く度に心配するんじゃ、俺が精神的に疲れるんだよ」
「オレは大丈夫だし、心配かけないようにするから」
いくら古いビルとは言え、賃貸なのだ。
2部屋分の家賃を払うなど勿体なくて仕方がない…裕一郎は決して収入に余裕がある訳ではない事を知っている。
言うと河村に『子供が金の心配なんかするな』と怒られてしまうから黙っているが…。
「それが疲れるって言ってんだよ。…ま、今回借りようと思った理由は、それとは別にもう1つあったしな」
「何だ、身を固める決心でもしたのか?」
双瀬はコーヒーを飲みながら、ニヤニヤと笑って言った。
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