双瀬は裕一郎をソファに座らせると、包丁を手の届かない河村のデスクの上に置いた。
刃渡り20センチの万能包丁…下手をしたら怪我では済まないだろう。
(あー、考えると頭痛ぇ…)
いい年した大人が子供を挑発するなんて、呆れを通り越して情けなくなってくる。
「…ったく、コーヒーくらい飲ませろよな」
「……」
珍しく強気な態度で友人を睨みつけると、彼は返事もせずに台所へと姿を消した。
ふん。
鼻を鳴らした双瀬は河村がいなくなるのを待ってから、隣で俯いている裕一郎に話しかける。
「お前があんなもん持ち出すなんて、余程普段から河村の言動に我慢してるんだな…」
言って、小さく苦笑すると頭を撫でた。
「昔からあいつの悪いとこなんだよな、あの秘密主義。何であんな性格なのか分かんねーけど、おれが初めてあいつに会った時から既にあんなんだった。妙に勘が良いのが徒(あだ)になってんのかな…何でも自分の中に留めて口を閉ざしちまう。自分の事も他人の事も…。誰とでもすぐ打ち解けるくせに、どこか壁1枚隔てて喋ってるみたいな所があってさ。最初は嫌なやつだと思ったのを覚えてるよ。ってか、嫌いだったな」
その言葉に、裕一郎は顔を上げて彼を見る。
「今じゃあんなに仲いいのに?」
「仲がいい、ねぇ。それあいつが聞いたら怒るぞ…『お前なんか友達じゃない、ただの腐れ縁だ。言葉は正しく使え』ってな」
それを聞いて裕一郎は噴き出した。
「何だ、何かおかしな事言ったか?」
「ううん、本当に久司は不器用だな、と思ってさ」
「ま、ある意味不器用だろうな」
けれどどんなに相手が語らなくても、長い事一緒にいれば色々と分かってくるものだ。
喜びも怒りも悲しみも…言葉で語らずとも、態度とともに気持ちは伝わってくる。
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