「ふぅん…いつでも都合の悪いことは忘れるんだ」
そう言うと席を立ってスタスタと台所へ向かい、すぐに戻ってくる。
河村の傍らに立った裕一郎は、
「思い出せないなら、思い出させてあげようか」
再び話しかけた。
「?」
いつもだったら『ふざけるなっ』と感情を露(あら)わに突っかかって来る少年の、その声音が余りにも静かすぎて河村はそっと目を開けたかと思うと、次の瞬間ソファから飛び起きる。
「うわっ、お前…その手に持っているものは何なんだ!?」
顔を引きつらせた彼は、裕一郎の手にしている物を指さしながら問いかけた。
すると、
「これ?あぁ、これの名前も忘れちゃったんだ…これは《包丁》って言って、ご飯を作る時に使う刃物だよ」
顔の横まで上げたそれにキラリ光を反射させ、これまでに見た事もないような冷たい笑みを裕一郎は浮かべた。
(こいつ、完全にキレてやがる…)
今まで肝心な所で色々とはぐらかしてきた事への不満が、ここに来て爆発してしまったのだと気づいたがもう遅い。
普段自分を抑えている人間がこうなると、どれだけ恐ろしいかという事を彼は知った。
「いつまで経っても久司はオレを信頼してないし、頼りない子供だと思ってるよね…しかもオレに関係のある事すら、知っていても教えてくれないんだから。オレの事嫌い?それとも鬱陶しいとかって思ってる訳?」
我慢の限界にも程がある…そう呟いた裕一郎は、彼との間を隔てているソファの上に立つ。
その異様なまでの迫力に、河村はゴクリと唾を飲んだ。
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